DNA鑑定は魔法の切札か
科学鑑定を用いた刑事裁判の在り方

犯罪捜査や刑事裁判の切札として、DNA鑑定に期待が高まっている。しかし、DNA鑑定をその適用限界以上に用いることは、冤罪を生み出すことになる。DNA鑑定について、その原理・歴史をたどり、足利事件、袴田事件、飯塚事件など事例を踏まえて、有効性と限界を明らかにする。
1 DNA鑑定で何がわかるか
⑴ DNAとは遺伝子の機能に関わる物質である
⑵ DNAについての誤解
2 DNA鑑定はどこまで正確か
⑴ 細胞が死んだ後のDNAの変化
⑵ PCR法にも限界がある
3 試料の採取とDNAの抽出
⑴ 不完全な試料からのDNA抽出
⑵ 試薬による影響
⑶ 死後変化した細胞からの良質なDNA抽出
4 DNA鑑定時代の黎明
⑴ DNAとは何か
⑵ DNA鑑定の歴史
第2章 DNA鑑定はどのように行われるか
1 DNA鑑定における最重要過程─検出段階
2 PCR法とは何か
⑴ TaqDNAポリメラーゼ(合成酵素)
⑵ 鋳型からの読み取りに何が起きるか
⑶ 準備段階的な活性化反応
3 マルチプレックスPCR法の応用
4 DNA型の検出と判定
⑴ DNA鑑定かDNA型鑑定か
⑵ 電気泳動法
⑶ 遺伝子型の分布図
⑷ 古い試料からのDNA型の検出
⑸ PCR試薬の実力にかかわっている型検出
第3章 DNA鑑定法の技術的課題
1 DNA鑑定における根本的な問題とは
⑴ 劣化した試料からのDNA鑑定
⑵ 古い試料からの鑑定例
2 個人識別用キットの適用
⑴ 複数の部位を同時に増幅
⑵ 個人差のある部位に着目したPCR
⑶ STR検査による新しい潮流を無視する科警研
⑷ 新たな検出システムでは微妙なディテールがほとんど捨象
⑸ 検出機器の技術開発における負の側面
⑹ 検出技術の発展の背後にある経済的要因
⑺ 次世代シークエンサー
3 確率的影響とは何か
第4章 DNAの検出技術の改良
1 DNA抽出法の選択と改良
⑴ つねに新たな方法開拓に挑戦
⑵ 自動化するDNA抽出技術─Maxwell 16の特徴
2 検出感度の向上への挑戦
⑴ 2段階PCR法
⑵ 男性特異的なDNA(Y染色体部位)のみの検出
3 高感度PCR法の適用
⑴ DNAをよみがえらせるための触媒の発見
⑵ 大事なことは良質なDNAを必要最小限、PCR反応に投入すること
4 DNA精製への新たな挑戦
⑴ 混合試料の鑑定
⑵ 細胞選択的DNA抽出法の開発
⑶ 裁判と科学との違い
5 ミトコンドリアDNA鑑定とは何か
⑴ ミトコンドリアとは?
⑵ なぜ一般的な鑑定法として普及しないのか
6 DNA鑑定はいかにあるべきか
⑴ 鑑定と検査との違い
⑵ DNA鑑定を行う意味がある事例とそうでない事例
⑶ DNA鑑定を実施するか否かの判断要素
⑷ 犯罪そのものを明らかにできないDNA鑑定
⑸ DNA鑑定の結果の評価・解釈における確率や統計概念
⑹ なぜ一致と解釈させたい場合に計算が必要になるのか
第5章 DNA鑑定の解釈をめぐって
1 DNA鑑定と数学
⑴ 法律家の頭を悩ませる確率や統計
⑵ 絶対的な意味があるわけではない数値
⑶ 遺伝子部位の法則性をまったく踏まえない計算式
2 数学の歴史と科学との関係
⑴ 数学で求められる能力と科学者としての頭の働きとは無関係
⑵ 現実の問題の解明には直接関係のない数学の発展
3 検査の不完全性を解決する方法
⑴ 不完全な結果が得られたときにとりうる方法は計算だけか
⑵ DNA検査ではなぜ再検査をやらないか
4 DNA鑑定に用いられる基礎的概念
⑴ 検査結果のディテールは数値化することによってすべて捨象されてしまう
⑵ 遺伝子検査における基礎的な数値
⑶ DNA鑑定に関わる数値的計算方法(確率的解釈)
⑷ 遺伝子の出現確率は均等ではない
5 遺伝子の型は対になっている
6 足すか、かけるか
7 尤度(比)とは
⑴ 難しい議論になっている理由
⑵ 尤度(比)
8 事後確率とベイズの定理
⑴ 遺伝子型出現確率以上でも以下でもないDNA検査の確率的評価
⑵ 練習問題
第6章 劣化試料と混合試料の鑑定
1 混合試料と汚染試料の違い
⑴ 純粋に試料の状態を示すものか、捜査あるいは実験のミスか
⑵ 汚染細胞の結果は引き算すべき
⑶ ターゲット細胞を見極める
2 混合試料の解釈方法
⑴ 判断を避けるほうが賢明である混合試料
⑵ STRでは全体像を見て総合的に評価すべきエレクトロフェログラム
⑶ 真の混合試料なのか、PCRのエラーなのかの判断基準
⑷ 不完全なデータをできる限り完全に近づけうる技術の開発を
⑸ Y染色体のPCR法
3 DNA鑑定における陥穽とは
⑴ 検査結果と鑑定の見解が対立した場合
⑵ 客観的な事実や検査データに忠実で、事実に立脚する立場を崩してはならない
4 DNA鑑定において出力されるデータとは
⑴ DNA鑑定の試薬や機器の限界
⑵ コンピュータはどこまで判断できるか
5 データはどう総合的に解釈すべきか
6 混合試料の鑑定をめぐる危険
⑴ PCRは指数関数的に増幅が起きるから、数値の大きさはそこを踏まえて判断を
⑵ なぜPCRの起こり方に不確定性が生じるのか
⑶ 不完全な結果をすべて鑑定人の鑑定方法の欠陥の問題にするのは筋違い
⑷ 劣化試料の鑑定では増幅部位を絞るほうがベター
第7章 DNA鑑定をめぐる論戦─足利事件、飯塚事件、袴田事件
1 足利事件─なぜ不完全とはいえバンドが出てしまったのか
⑴ 鑑定書に添付された電気泳動写真
⑵ MCT118鑑定の誤りは最後まで認めなかった科警研
2 飯塚事件─誤解釈による誤鑑定はなぜ起こる
⑴ ただの1つもない真犯人の試料
⑵ 明らかな実験ミス
⑶ 誤った血液型鑑定
3 捏造を疑わせるデータ
4 袴田事件と飯塚事件とで判断がなぜ分かれたのか
⑴ 判断が分かれた理由は再鑑定試料の有無か
⑵ 裁判官のDNA鑑定評価の違い
⑶ 袴田事件と司法の新しい流れ
5 劣化試料の鑑定
⑴ なぜ45年経た試料からDNAが検出できたのか
⑵ 味噌漬けされた血痕
⑶ 不毛なDNA鑑定の信用性をめぐる論争
⑷ シャツ付着の加害者の血痕の不自然さ
⑸ 検察側の論点のすり替え
6 今市女児殺害事件─汚染試料をめぐって
⑴ 2つ汚染のされ方
⑵ 本当に汚染はあったのか
⑶ 一致・不一致の判断基準
7 法医学的DNA鑑定への提言
⑴ 限界があるキット頼り
⑵ DNA鑑定人の限界
⑶ 客観的なデータに語らせる客観的な立場を貫かなければならない法医学
第8章 法医学から見たDNA鑑定
1 法医学とはいかなる学問か
⑴ 法医学と鑑定との関係
⑵ 〈確立された確実な方法〉とは市販キットの使用ではない
⑶ 不完全な結果はありのままに提示すべき
2 法医学における証拠とは何か
⑴ 証拠とは、事実を証明するための客観的な事実や事物(根拠)
⑵ 自白は客観的証拠か
⑶ 自白を証拠とするうえでの留意点
⑷ 錯誤のチェックが必要
3 法医学の裁判への貢献とは
⑴ 捜査機関・裁判所から独立していなければならない法医学
⑵ 真の法医学の復権を
4 「足利事件」から何を学ぶべきか
⑴ 法医学の原点をあらためて思い起こさせた事件
⑵ 真の法医学者への道は孤独な旅立ち
5 DNA鑑定を過大評価する危険
終章 DNA型鑑定の有用性と課題
1 『科学的証拠とこれを用いた裁判の在り方』を読む
⑴ 械器の検出限界について
⑵ 言葉の使い方が不正確で、矛盾した箇所が多数
⑶ DNA鑑定法の沿革についての記述
⑷ アイデンティファイラー・キットについての記述
⑸ Yファイラーキットについての記述
2 この小冊子で取り上げられなかった最も重要な論題は何か
⑴ 過去の誤判事例に学んでいるのか
⑵ 袴田事件を射程に入れた記述
3 DNA鑑定と裁判
⑴ 鑑定試料によってほぼ決まるDNA鑑定の有用性
⑵ DNA鑑定によって事件が解決される錯覚
4 小冊子の早急な改訂を願う
5 DNA鑑定を警察機関のみで行うことは避けよう
補章 袴田事件即時抗告審における検察側検証とはいかなるものか
1 裁判と研究
2 裁判における検証とはいかにあるべきか
3 「本田鑑定」の何を検証しようとしたか
4 「袴田事件」の検証はいかにして強行されたか
5 鈴木鑑定人の検証とはいかなるものか
6 鈴木検証最終報告書の提出をめぐって
事件解説
1 兵庫アパレル店員殺害事件
2 晴山事件
3 大分みどり荘事件
4 飯塚事件
5 足利事件
6 今市女児殺害事件
7 袴田事件